食べるために吐く!?古代ローマ貴族の異常な暮らしぶりとは?


少し前の話になりますが、映画『テルマエ・ロマエ』が公開され、大ヒットしましたよね。
この映画の主人公は古代ローマの浴場設計士であったため、映画の中でも古代ローマの人々の暮らしぶりが描かれていました。
実は、彼らは現代の私たちから考えるとかなりびっくりするような生活をしていたのです。
今回はそんな古代ローマ人の生活が良く読み取れる、少し面白いエピソードをご紹介したいと思います。

 

「パンとサーカスの都」とは?

「パンとサーカスの都」という言葉、どこかで耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
これは、ローマ市のことを指して言ったものなのですが、なぜそう言われるようになったのでしょう?

古代ローマ帝国は非常に強い権力を持ち、属州から大量のお金と奴隷を搾り取っていました。
そのため、ローマの市民は今ではとても考えられないほどの贅沢な暮らしをしていたと言われています。
市民は、市民であるだけで、無料で難なく暮らしていける量のパン(食料)を配給してもらうことができ、サーカス(娯楽)まで楽しむことができました。

娯楽というのは、具体的にはコロッセオで行われる剣闘や競馬、演劇などです。
こういった贅沢な暮らしっぷりを端的に表したのが、「」という言葉だったのです。

ちなみに、コロッセオで行われていた剣闘では、動物同士や動物と人間の戦いだけではなく、人間同士の殺し合いなども普通に行われていたのだとか。
殺人が娯楽のために行われていた、ということです。
現代の私たちからすると、かなりぞっとするような異常な話です。

この頃の人々は感覚がかなり狂っていたということが、さまざまなところから読み取れますよね。
その異常さを表すエピソードを、もう一つだけご紹介しましょう。

 

ローマの貴族は食べるために吐いていた?

先ほどお話したように、ローマでは庶民でも大変贅沢な暮らしをしていました。
ですから、貴族ともなるともう、贅沢を超えて随分と退廃的な暮らしをしていたようです。

それが最も良く表れているのが、食事の時間。
彼らはまず、食事で汚れても良いように使い捨ての服を着ます。そしてソファに寝転んで、奴隷に料理を持ってこさせ、手づかみで食べます。

靴を脱ぐところから服を着替えるところまで全て奴隷がやってくれるので、当時の貴族は遊びと食事以外ほとんどすることがありませんでした。
ですから、そんなにお腹も空かないはずなのですが、時間も食べ物も有り余っているため、食べても食べても彼らは満足することがなかったそうです。

しかし人間の体には限界があるもの。
食べ物が目の前にあるのにもう食べられない、彼らは悩みます。
そんな中で生み出されたのがこのという方法。
お腹がいっぱいになれば空にしてまた食べればいい、と考えたのです。

お腹が一杯になれば、といったことを繰り返していたそうです。
もちろん後始末は全て奴隷がやるのです。
まさに退廃の時代ですよね。

以上、今回は古代ローマの貴族の生活を取り上げてみました。
貴族イコール紳士というわけではないというのが良く分かりましたね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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